なんにも言えね。
昨年、『好酸球性肺炎』という、一見アスリートがかかりそうな名前の病で入院してから2ヶ月に一回の検診を受けている。
なんらかのアレルゲンに対するなんらかのアレルギー反応で起こる肺炎で、私の場合、アレルゲンは多分アレだとわかっているもののはっきりと断言するのはアレらしい。なんか、あれだね、こう、あれだよね。
治療の関係で、今回は耳鼻科でCTを撮ることになり先日行ってきました。去年撮った時はただ白くでっかい輪の中に寝て入っていくだけだったのだけれど、今回は「造影剤を使います」と言う。バリウムのように飲むのかと思ったら腕から点滴で入れるというのだから、それだけで半歩後ずさり、そこに追い討ちをかけるように先生が隣の看護師さんと微妙に顔を見合わせ、
「肺炎の時は使わなかったんだっけね・・・うーん、稀にね、具合悪くする人もいるからね、肺炎ね・・・うーん」
と言いながら私に同意書を差し出す。いたずらに不安を煽るとしか思えないこの独り言が「医師による適切な説明があった」ことになるんでしょうか。まあ、いままで、その類で「具合が悪く」なったことはなかったので、持ち前のオプティミズムを発揮してサインをしてしまった。
細長いベッドに寝て、胸の前で手を交差するどことなく乙女チックなポーズでぐるぐる固定され、あんぐりと開いた白いドーナツに胸の辺りまで入って放射線をさんさんと浴びる。いよいよ点滴の登場。
私はとても細いペン先で書かれた文字とか細かい模様とかが比較的苦手で、なんかもうわーとなってしまうので、注射もあまり得意でない。しかも、それが自分の体内に入ったままという異物混入感にも軽く恐怖を感じる。覚せい剤とか絶対できないね。すでに心拍数があがっているところに、看護婦さんが「私がここについていますから、具合がわるくなったらおっしゃってくださいね」と励ますように言う。かんごふさんのこういうところをかんちがいしてかたおもいがはじまるのかしらん。
「それでは造影剤入れますね~」というスピーカーからの声が聞こえたとたん、体の内側がぶわわとあっついようなさむいような不思議な感覚にじわじわ犯されていく。なんか入ってる、血管に。「わわわわ、わ~」34年生きてきて己の身体に異物が入る経験はそれなりにあったけど、血管プレイは最悪よね。ヤバイ。発作が起こる前の気道が狭くなる予感がする。心臓がバクバクする。早くやっちまってくれ、や、もうわけがわからん、「窓から飛び降りるわ!」という美輪明宏の声がジァンジァン回る。
結局、撮影は中止せずになんとか終わったのですが、よくわからないダメージを受けてしまい、呆けたまま病院を出てそのまま夢遊病者のように図書館に行き、気がついたら「人間失格」を手にしていました。
昔付き合っていた人は、最初のデートでわたしを三鷹の禅林寺に連れて行き、これが森鴎外。森林太郎て書いてあるけど、とお墓に買ってきたおすしをお供えし、自分もむしゃむしゃ食べ、こっちが太宰の墓、とビールをお供えし、その前で黙って迎酒をした。普通の二十歳前後の乙女ならどん引きどころか確実に全力で逃げていたであろうどん底デートプランに脱帽というか脱力。普通の二十歳前後の乙女規格からはみ出ていたわたしは、当時劇団を辞める辞めないですっかり参っていて、うっかり着いて行ってしまった。合掌。
造影剤には、過去を陽炎のように映し出すという結構危険な副作用があったみたいです。