ねえ、ねじまき鳥さん、あなたが今言ったようなことは誰にも出来ないんじゃないかな。『さあこれから新しい自分を作ろう』とかいうようなことはね。私はそう思うな。自分ではうまくやれた、別の自分になれたと思っていても、そのうわべの下にはもとのあなたがちゃんといるし、何かあればそれが『こんにちは』って顔を出すのよ。あなたにはそれがわかっていないんじゃない。あなたはよそで作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとするあなたのつもりだって、それもやはりどこかよそでつくられたものなの。ねえ、ねじまき鳥さん、そんなことは私にだってわかるのよ。どうして大人のあなたにそれがわからないのかしら?それがわからないというのは、たしかに大きな問題だな。だからきっとあなたは今、そのことで仕返しされているのよ。いろんなものから。例えばあなたが捨てちゃおうとした世界から、たとえばあなたが捨てちゃおうと思ったあなた自身から。私の言っていることわかる?
村上春樹 「ねじまき鳥クロニクル」 第2部 予言する鳥編
「人並みのこと」というのが、私は小さいころから何一つできない。 そのくせに、誰かと話していると、自分の口から出てくる言葉はありきたりでステレオタイプで、猛烈に退屈する。 日常で少し感情が混乱することがあった。そういう時、普段聞いている音楽に吐き気を催すということに、初めて気づいた。 混乱しているからこそ、もっと混乱した世界に一時的にでも身を沈めようと「ねじまき鳥」をひらく。そうすれば、とりあえずは色々と考えなくてすむ。笠原メイがかつら工場で働くのと一緒かもしれない。 想像することは、命取りになるのだ。