危険な関係 だらだら映画日記。 1959年に公開されたロジェ・ヴァディムのこの映画の原作は、同名のコルデロス・ド・ラクロの小説。登場人物や関係はそのまま、時代を18世紀から20世紀のフランスに移したもの。 ジェラール・フィリップといえば、わたしにとっては「銀幕の貴公子」ではなく、「カリギュラ」。 「カリギュラ」はカミュの戯曲で、腐敗した宮廷に反発して暴君となり、権力に溺れる貴族たちを虐殺していくローマ皇帝カイウス・ジュリアス・カエサル・ゲルマニウスを描く。カリギュラは若くゆらゆらと夢を見ているようで、天才的な哲学的頭脳をもてあまし、不思議な透明感を持つカミュ特有の主人公とも言える。 この「危険な関係」、「Les Liaisons dangereuses リエゾン・ダンジュローズ」はジェラール・フィリップが出演した最後から2番目の映画。カミュが自動車事故で亡くなるのを知っていたかのように、37歳でこの世を去ってしまった。癌だった。 ジェラール・フィリップがお気に入りの俳優ではないし、特別上手いと感じたことがあんまりないのだけれど、この作品の彼は好きだ。本当に彼のいい部分を上手に引き出していて、ぴたりとはまっている。彼の童顔に、世慣れたおやじっぷりがそこはかとなくかもし出されてきて、いい味になってきていた。もっと色んな作品を見たかったなと思わせる。 原作は当時(1782)のフランスではかなりスキャンダラスで、一時は出版禁止を食らった。17世紀後半から流行し始めた「書簡小説」というもので、手紙だけで構成されているもの。社交界では「たらし」で有名なヴァルモン子爵と、美貌と頭の良さで常に男を虜にするメルトゥイユ伯爵夫人の「危険な関係」に巻き込まれる人々のお話。 マダム・メルトゥイユは自分の元恋人が若いセシルと結婚することを知って、仕返しに「共謀者」のヴァルモンにセシルの処女を奪ってしまえという指令を出す。一方ヴァルモンは人妻のトゥルヴェル夫人に本気になってしまい、それが元で嫉妬と愛情がもつれたヴァルモンとメルトゥイユの関係は次第に狂い始め、それぞれの破滅に向かっていく。 映画ではこのヴァルモン・メルトゥイユを夫婦にしているので、原作を知っていれば簡単にこの二人の関係が理解できる。「本気にならない」という暗黙の了解の元にお互いが愛人を作っては捨て、一部始終を報告しあうという、見かけは美しいが性格の悪いカップルをジェラール・フィリップとジャンヌ・モローが演じる。 惜しいのは、せっかくはまり役のジャンヌ・モローなのに、原作で描かれるメルトゥイユの深層心理や、彼女の、プライドからヴァルモンに対する素直になれない愛情や、観察眼の深さ、彼女自身の変化が十分に描かれていない。ジャンヌ・モローはへたくそな女優ではないのだから、これは脚本に問題があるのかもしれない。 1回目に見たときからなんか物足りないなーと思っていて、昨日久しぶりに見てわかったのは、箱入りお嬢ちゃんのセシルがバカっぽいだけで可愛くないのがまずかったのでは、ということ。ジャン=ルイ・トランティニォンの役立たずな青年っぷりがいい感じなのだけれど、セシルがなんだか可愛くないので、彼が彼女を横取りされて逆上するところがなんとなく頷けない。しかも、その逆上がヴァルモンを死に追い遣ることになるのだから、セシルはぶりっ子で可愛い女優にして欲しかった・・・。といっても、誰がいいか思い浮かばないんだけれど。 原作は気合の入った濃厚さで、いわゆる「エスプリ」というものがたっぷり盛り込まれ、男女の心理的な戦いが手紙の中で交わされているのだけれど、その辺が50年代のフランスに置き換えられたらなんとなくジャズとおしゃれな雰囲気でごまかされたような気がしてしてしまう。 ロジェ・バディムは他にはBB(ブリジット・バルドー)主演の「月夜の宝石」を見たことがあるけれど、部分的に印象に残るカットがあるんだけれど映画全体がなんだかぼやけてよく思い出せないといった感じ。 「危険な関係」では、メルトゥイユ役(映画では「ジュリエット」という名前になっている)のジャンヌ・モローが、旦那のヴァルモン(ジェラール・フィリップ)がうっかり本気になってしまった愛人のトゥルヴィル夫人(映画では「マリアンヌ」)との関係に嫉妬し、終止符を打たせるために、彼の名で別れの電報を送る。ヴァルモンは「たらし」のプライドから、それを止める事ができない。その電報が届く4時のシーンがいい。 ロッキング・チェアーの背に固定されたカメラがヴァルモンの背中を映し出す。柱時計の音。チンチンと4時が鳴る。ヴァルモンはくわえタバコで立ち上がり、腕時計と柱時計を見比べる。「Exécuté(エグゼキュテ)」というと再びロッキング・チェアーに座る。 Exécuté(エグゼキュテ)は「実行された」という意味で、電報が届けられたことを示すと同時に、「処刑執行」の意味も持つ。ヴァルモンを信じて自分の夫とも別れたトゥルヴィルに対する「処刑」とも取れるし、心から夢中になったヴァルモン自身の愛が「処刑」されたとも取れる。原作にはないシーンだけれど上手い。 日本でもDVDが出ているみたいです。 今ジェラール・フィリップで見たいのは「Le Joueur(勝負師)」。ドストエフスキーの原作をフラ語で読んだのだけれど、すっかり夢中になった。しかし、ジェラール・フィリップのこの映画はフランスではすっかりマイナーで見当たらず。日本で買うと高い・・・。うー。