PIANO PIANO...CHI VA PIANO VA SANO... CHI VA SANO VA LONTANO.................... 「祭り」のあと、あなたは誰を思う?
"PROVERBE ITALIEN qui veut dire : LENTEMENT LENTEMENT.... QUI VA LENTEMENT VA SÛREMENT.. QUI VA SÛREMENT VA LONGTEMPS... ou un proverbe français QUI VA LOIN MÉNAGE SA MONTURE . Économisez vos forces pour durer le plus longtemps possible tout en restant efficace." 英語のスピーチの準備が終わらず朝の6時までかかったという私に、いつもお世話になっていてフランスの祖父のような存在(彼はわたしを「娘のような」というが)のバベ氏がくれたメールの言葉だ。 「イタリアのことわざでこういうのがあります: 『ゆっくりと、ゆっくりと・・・ゆっくりはしっかり・・・しっかり進む者は長続きするよ・・・』 または、フランスでこういうことも言います: 『遠くへ向かう者は己の馬をいたわる』 常に最高に、そして出来るだけ息の長い力を発揮できるように、セーブして行きなさい。」 英会話を始めたのは小学校3年生の時だった。オーストラリア人やアメリカ人のあんちゃんたちと犬のように転げ周り、おしゃべりを止めないから「スピーカー」とあだ名されながら、わたしは英会話教室が楽しくて楽しくて仕方なかった。 英語自体にはそんなに興味がわかなかったけれど、お陰でガイジンに対する変な恐怖感はまったく私の中に生まれなかった。 高校まで英会話は続けたけど、あまり上達はしなかった。それから10年もたって、フランスの大学で英語にうなされるとは思いもしなかったぜ・・・。 そして、去年1年の時の英語の成績を知っていながら、わたしに日本文学と英文学におけるファンタジック・ヒーローの比較についてのスピーチをさせるマダム・スリニャックも、かなりの冒険野郎だと思う。 さて、テーマにしたのは宮沢賢治。銀河鉄道の夜はあんまり好きじゃなかったんだけど、授業で取り上げた「アリス」や「ピーターパン」などの不思議の国で活躍する子供に匹敵するジョバンニを中心にした。19世紀の日本文学ではこういうタイプのヒーローを見つけようとするとなかなか難しい。 「南総里見八犬伝は?」というナイスな友人の案を取りたかったが、ヒーローが子供じゃないんだよねぇ・・・。 賢治といえば、「注文の多い料理店」が大好きだった。絵本をぞくぞくしながら何度も読んだ。「雪わたり」の「きっくとん、きっくとん、きっくとんとん」という言葉のリズムも好きだった。 ちくま文庫からでているロジェ・パルヴァースの英訳をたまたま見つけたのだけれど、彼が翻訳を始めたのは日本語の訓練をするためだったというのが興味深かった。 賢治の様々な面を紹介しているサイトを調べてやっと40分ほどの原稿に仕上げたら、朝6時だったわけだ。 自分の脳みそから全て出た言葉ではないから、原稿を読んでも聞いている人たちの思考の上を滑っていくだけだとわかっていた。だから、とにかく、なんとか自分で感じ、その場でめちゃくちゃでもいいから生の言葉を伝えるしかないと思っていた。 絵本を見せるのも一つの手にした。 スピーチの目的は、「へえ、日本の文学にもこういうのがあるんだ、おもしろそうだな」という生徒を一人でもゲットできたらよしとした。 結果は成功した。 授業のあと、数人のフランス人生徒から囲まれて、話の続きはどうなるのか、銀河鉄道はどっからきたのか、と質問された。 こんな風に接してきた人たちは初めてだった。 次の授業を待っている間に、別の女の子が一人話しかけてきた。 「あなたのスピーチすごかった!日本語とフランス語を話せるだけでも、すでにすごいのに、更にもう一ヶ国語も使いこなせるなんて、いいなあ!」 それは誤解です。 わたしは、英語が本当に「nul(下手っぴ)」だと言った。謙遜とかではなくて、去年の成績だってとんでもなかった。 試験は大体がテキストの抜粋の説明なんだけれど、フランス風のきちんとした枠組みに従って英語で説明をつけていかなければならず、やったことのなかったわたしは何を書いていいかわからなかった。 という話をしたら、彼女は「わたしが図書館で見つけた説明文の構成の仕方の本があるんだけど、それをシートにしたのがあるの」とカラフルにパソコンで打ち直された紙を一枚ひらりとだし、「はい」とわたしにくれた。 「わあ、ありがと。じゃあ、コピーして返すね」といったら、「ううん、パソコンに原稿残っているからいいの、あげる」とにっこりした。 「・・・!!!」 この話を、日本の友人に話したら、彼女は即座にこう言った。 「いいものをね、貰ったら、お返しがしたくなるんだよね、人は。 彼女はまりのスピーチを聞いて、何かを受け取ったんだよ。それがうれしくて、お返しがしたかったんだよ。」 彼女は女優だ。ダンスもすれば演出もする。わたしが大好きな役者だ。 やはり、そういうことを知っていたから彼女のやるもの、彼女がわたしに紹介する人々はみんなあったかいんだなと思った。 スピーチの終わった直後は暫く「お前はナニジンだ」という謎のミックス語しか話せなかった。旅行でもしない限りまともに英語で話も出来ないのに、40分もスピーチをした後遺症はひどい。でも、これで少し脳みそが活性化されたかもしれない。 徹夜して、へんなボルテージが上がったまま、コーヒーしか入れていないおなかはいつものように催促もしない。 放心した頭をかかえながら、思いも寄らない喜びを英語のクラスの人たちから貰って、余韻の中でわたしはゆらゆらしていた。 久しぶりに身体を使って「表現」をしたなあ、と思った。役者だったときの感覚が目覚めているのがわかる。役者と乞食は3日やったら辞められないというけれど、この「祭り」の爆発を味わったことがある人は、ふむふむとこの言葉にうなずくんだろうな。 そうして、それが静まった時、ふと思い出す顔がある。 飲み会のあとでも、コンサートのあとでも、 わっと感情が高まった後のしんとした静けさの中で、 一番先に、ああ、このあったかい波のようなものを伝えたいな、と思う人が、あなたにもいるだろう。 それが、あなたが一番想いをかけている人だと思う。