T'as des chocottes ?
本日のアトリエDELFの冒頭、参加者のTさんからこんな質問がありました。
「先生、フランス語で『殺気を感じる』ってどう言えばいいのでしょう?」
さ、殺気・・・ とっさに出てきたのは「frisson(震え)」。 J'ai des frissons と言うと、「おわ、ぶるっと来た~」という、ぞわぞわした感じを表現するんですが、なんかもっと近いものがないかなぁと、それから二人で探すことしばし・・・ 和仏には、なんだかニュアンス的に遠いものしか出ていなくて、結局frissonかflémissementか、というところに落ち着いたのでした。
考えてみれば西洋では「気」という感覚が一般的ではないだろうから、「殺気」そのものずばりの言葉がなくてもおかしくはないんでしょうが、でもあの感覚はユニバーサルっぽいんだどなー。 ちなみに、中国の文化が入ってきて「qi(原語に近い「チ」という発音になる)」という言葉はフランス語にもいくらか普及してはいるのですが、スピリチュアルな言葉の域をでていないので、日常的に出てくることはかなり稀。
なぜこんなマニアックなことを知っているかというと、大学2年の時、比較文学で中国文学を取ったからだったりします。映画のクラスでも、なぜか中国のマーシャル・アーツ系の映画がテーマだった。
フランス語で中国文学を読んだりすると、たまにアイデンティティの崩壊が起きそうになります。日本語で読めそうな中国の話をアルファベットで読むことに脳が混乱するんだろうか・・・? それにしても、言葉の変換というのはケミストリーに近いものがあって面白いものです。 外国語を覚える時って、母国語の言葉を別の言語に置き換える作業のように見えるけれど、本当は言葉自体ではなくて、そこにまとわりつく感覚や感情を別の言葉に結び付けていくようなものなんでしょうね。